誰でも今日から取り組める”悟り”

カモシカの親子

「差が取れた」状態が ”サトリ”因縁から「解ける」事が ”ホトケ”

 

今回は少し宗教的な題材です。

悟りと仏

宗教とは無縁の私ですが、

この2つの言葉にはとても惹かれていました。

この言葉の解を教えて頂いた時、

身体の中を喜びが駆け巡った感覚を思い出します。

 

しかし、この2つの言葉に囚われてしまうことに

注意をしなくては行けません。

 

──私は宗教的な知識があるわけではありませんので、

詳しい方からしたらところどころ違うと言われるかもしれません

が、大切なのはそこの真ん中にある本題であり、どう実生活に活かせるか

という事だと思いますので、どうぞご容赦下さい──

 

自らの因縁、それは「カルマ」などと呼ばれますが、そこから抜け出して

自由に生きれるようになった人の事を、ホトケ(解けた人)と呼びます 。

 

問題意識という落とし穴

 

ここで陥りやすいと思われる注意点があります

 

「自分の宿命」というものを想定し、そこから脱けだす

という考え方に囚われていると

どんな状況下にも必ず存在する

「光」に目を向けることができなくなり、

問題意識がまた問題意識を呼ぶ

抜けることの出来ないループに突入してしまいます。

 

今私の身に起こるすべてのことを、

きちんと自分ごととして承け、

魂すべてで味わうことをしないといけません。

 

自由になる(ホトケになる)という事への欲求は

いま現状の自分に問題を感じている

「今が良くないから」もっといい状態になりたい

という思考の根っこがあり、

自らの現状に「NO」を突きつけていることになります。

 

これはすなわち、「自分という存在にNOを言っている」

という事になります。

 

ビジョンを持つ事は大切ですが

そのビジョンを求める欲求の根っこが大切なのです。

 

思いの根っこを掘り下げる

 

「問題」「課題」と感じている思考を掘り下げて、

真ん中を確認する必要があります。

何故それを問題と思っているのか?

課題を解決した先にあるビジョンは何なのか?

 

それが不足感や、劣等感、損得勘定や、固定概念、思い込み

などを根っことしていないのか、どうか。

 

人間社会の中に観る自然のリズム

 

世の中には色々な立場の人がいます。

病気の人、健康な人、裕福な人、貧乏な人、心の豊かな人、貧相な人

 

その全てが、意味あって必然的にそのようになっており、

それぞれの状況と特性、人格による働きがあります。

視点を上げて「生態系のバランス」として人の世界を観てみると、

完璧なバランスで循環が成り立っているのです。

 

「自然の生態系」として観た場合に、「問題」というものは存在しません。

 

循環が滞った部分があれば、

腐敗を促進させる働き(争い、不和)が自然と沸いて出て

一旦破壊が行われ、死が訪れたのち

また循環が再開してゆきます。

それはまるで、嵐の明けた朝に、空氣がとても心地よくなるかのように。

 

人が自然に手を入れず、放置すると、その場所はどんどん森に戻ってゆきます。

それが人社会でも同じように起こっています。

人は自然と離れてしまいましたが、

宇宙自然のリズムから離れることはできません。

 

自分を掘り下げ、生活の中で悟る

 

そして視点を「自然」と分けられた「自・分」 

というパーソナルな部分に戻します──

 

自らの身に起こるすべてのことは、全て根本的な自分が作り出しています。

自分の固定概念からくる認識が

物事に対する感じ方を生み出します。

 

そして、その物事に真摯に向き合うこと

それは自分の中に物事の”因”(種)を見出し、

ハラの底からの想いをもって行動することで

その根本的な部分を磨きクリーニングすることができます。

 

それが生活に馴染んで当たり前になってくると、

生活の全てが瞑想になってゆきます。

一言一句、一挙手一投足、全ての思考が瞑想(=クリーニング)になります。

それは、自分の内側を感じることと同時に

身の回りのヒト・モノ・コトのデティールを味わい愉しむことでもあります。

 

“全ては味わいである”という一元的な価値

 

そのような態度が腑に落ちると、

苦や不安の感覚も変わり、それすらも愉しむ対象になってきます。

 

そうすると、

 

  • ネガティブとポジティブ、
  • 良い悪い
  • 美しいと醜い
  • 生と死

 

などの「二極」(正反)の意味合いが自分の中で変わってきます。

モノサシの次元が上がるのです

フラットになる 差が無くなる 差が取れる

サトリ となるのです。

 

そうすると、身に起こる全ての出来事を受け入れて、

魂の求めるまま素直な自分として

行動をするようになります。

それが サトリ覚えると書いて「覺悟」(かくご)です。

 

完璧を求めず、その時々を味わい愉しむ

 

大きな視点から見ると、私たちは

この世界で自分の身に起こる全ての経験を

味わうために生まれてきました。

今はネガティブで、イヤだと感じていることすらもその対象であり

全てには固有の「味わい」があるのです。

そして、きちんと味わい切る事が出来ると

内面がクリアになり、それに伴って状況が移り変わってゆきます。

 

私の起こす全ての経験を味わい切る、覺悟。

それはあなたにとって悲壮な響きでしょうか

それとも愉しい響きでしょうか。

その感じ方すらも、移り変わってゆきます。

 

ゆっくりと、ひとつひとつ、

それぞれのペースで

ホトケてゆけば良いのではないかと思うのです。

 

 



■メルマガ【カラタチのサトリ】の登録はこちちらから
QR Code

mail magazine



10/16より、 結の旅(仮)開始*
ゆく先々で是非お会いしましょう!

会ってみたい、話してみたい、ご飯食べたい、酒飲みたい、お話会をしてほしい
なんかしてほしい 施術やセラピーを受けたい という方は是非連絡下さい*

arumama.0@gmail.com
050-6863-8104(通話のみ)


 
カモシカの親子

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

ABOUTこの記事をかいた人

《心と体の整体師、身心研究家》誰もが自由に、ありのままに、身と心(しんとしん)を開放して生きてゆくヴィジョンを描いています。私の呼吸が深くなるとき、世界が深く響く。体を解放する=心を開放すること。誰もが❝暖かさに生きたい❞それが当たり前。新しい豊かさの形「血の通った経済」を想い描いて、人を繋ぐ旅をする、現在準備中。旅の応援、よろしくお願いします*