自己紹介&ヒストリー

 

加藤 雅視(かとうまさし:愛称チヒト)
1981年7月30日 北海道小樽市生まれ

 

2つ下の弟と母親と

佃煮のため家族で摘んだツクシとフリスビー

 

 

 

 

 

 

幼少期、自然が大好きで河原や雑木林、野原で遊んで育つ。中2で両親が離婚し兵庫県の猪名川へ。微妙にヤンキーが多い田舎の中学で、関東弁を馬鹿にされながらも次第に打ち解けてゆき、関東とは違った関西人のユーモアと、そこはかとない温かさが好きになる。
高校でドラムにのめり込み吹奏楽部と軽音楽部を掛け持ち。授業中も教科書に隠してドラムマガジンを読み、吹奏楽部の部室でハードロックドラムを叩く。卒業後メジャーデビューを目指してバンドマンの道へ。ロック、ハードロック、ヘビメタ、POP、FUNK、スカ、Reggae、Fusion、色々な音楽ジャンルを経験し、flumpoolの前身バンド時代に数回のライブと数曲のアレンジ、レコーディングを手伝ったことも。

その後本命のバンドに戻り、メジャーへの登竜門MINAMI WHEELに2009年、翌年の2010年、二回出場するも、メジャーデビューを目指した音楽活動への違和感を感じ、29歳で整体の道へ。

素晴らしい師との出会いに恵まれ、根本療法としての整体を学び、治療活動を展開。クライアントと向き合う中、身体と心と記憶の関係を学び、「人とは何なのか?」という命題を追求することになる。独学と研究の末に独自のメソッドTaneda Healing Techniquesを作り上げる。全身骨格や自律神経の調整、食事や生活のアドバイスをし、潜在意識の持つ問題を読み取り、身体を心の面から癒やす。アトピーや科学物質過敏症、電磁波過敏症。そして日光アレルギーやゴムアレルギーなど、原因不明の難治症状の治療も数例達成。その経験から、「人はそれぞれの心により作り上げた独自の世界を生きている」という認知を得る。人はいつからでも、自由に生きることができる。

自給農法ワークショップ@箕面

自給農法ワークショップ@箕面

かつて奈良、京都の古民家に暮らした時には、毎回40人超が集まるオーガニック持ち寄りご飯パーティー「バンビ整体のベジごはん会」や、「畑の小学校・自給農法ワークショップ」を市川ジャン氏と共に5年ほど開催。矢野智徳氏の「大地の再生」に学び、自然の中の人間という存在について深く考えるようになる。テクノロジーが自然と調和した社会、人がありのままを生きる世界を思い描いている。

 

 

うつ病〜暗黒の過去

 

 

高校卒業後、キラキラと希望に満ちてフリーターバンドマンの生活が始まったが、初めての社会で、自分の要領の悪さ、能力の低さ、判断力の無さに氣付き始める。仕事が覚えられない、ミスが多い、耳が悪くて何度も聞き返す…じきに聞き返すことさえ嫌になり、聞き流すようになる。(後にこれは聴覚の問題ではなく、精神的問題であったことが判明する)

自分より年下の新人が速攻で追い抜いてゆく…自己嫌悪と絶望が身にしみ、頭の中でネガティブな声が止まらない。そしてある日、初めて付き合い、同棲した彼女からも見限られる事に。彼女が居ない部屋で、荷物を片付けながら突っ伏して声を出して泣いた。

ネット検索(折りたたみ携帯)から、自分が鬱病であり、さらにアダルトチルドレン(AC※)であることを知る。認めたくない事実。

いや、自分は絶対に違う!でも…。

底の見えない暗い穴が、目の前に現れる。あまりの辛さに、一縷の望みを掛けて、メンタルクリニックの扉を叩くが、話も聞かずに薬を処方をされるだけ。

「…こんなもので治るわけ…ない…」

と、絶望と怒りとともに薬をゴミ箱に叩きつけた。
その日から僕は先も見えず、あてのない探求を始める事になった。
※アダルトチルドレン…幼い頃の心の傷から、行動、思考、認知に問題を抱え、身体は大人だが心は子どものまま、大人として振舞う事が困難な状態。ACとも言う

 

────世界に怖いものなど何もなく、楽しくて、希望に満ちていた子どもの頃を思い出して涙を流す。あの時代はもう来ない。過ぎ去った遠い別世界。

 

…でも、諦められない。
諦めるわけにいかない。
どんなに情けなくても
僕は僕自身を生きてゆかなきゃならない

ミスチルのアルバム『Discovery』に何度も、涙を流した。

何度も何度も 助けられた。

(今でも好きな名盤です)

 

閉ざされたドアの向こうに 新しい何かが待っていて
きっと きっとって僕を動かしてる
いいことばかりでは無いさ でも次の扉をノックしたい
もっと大きなはずの自分を探す 終わりなき旅

 

 

 

誰の真似もすんな 君は君でいい
生きるためのレシピなんてない ないさ

『終わりなき旅』───Mr.Children

 

 

ただ自分を認めたい。

ただ自分を愛せるようになりたい。

誰に勝ちたいんじゃない

ぼくはただ

❝ぼくのなりたいぼく❞ に なりたい。

────いつか、そうなれる日が来ることを夢見た。

 

そこから、色々な自己啓発の書、心理関係の本、スピリチュアル、願望実現の書、成功法則本などを読み漁り、瞑想で山奥に籠もったりもしました。沢山の出会いがあり、とても不思議なことも沢山ありました。そしてある日、僕は目に見えて少しづつ変わり始めました…
ようやく最も大切な事に氣付いたのです。

 

それは一つの推測でした。

 

「才能」を発揮できる人
「天才」と呼ばれるような人たちは
そもそも「感覚が違う」のではないか?

 

 

じ人間なのこうよって能力にあるのだろう?

… …もしかしたら何かコツがあるのかも?

要領が良い人や、天才と呼ばれる人たちは、

普段から自分の能力を発揮しやすい状態 なのではないか?

────もしかしたら、僕がヘボではない…かも…知れない…

(…だったらいいな)

 

 

もしそうなら、

色々と学んだり覚えなくても

❝感覚❞で全て理解できたら良いのではないか?

 

今まで会ってきた人と自分との違い、「一を見て十を知る」言葉…頭の中、これを裏付ける色々なデータが駆け巡りました。そして、「もうそれしか僕に可能性はない!」という結論に至り、錆びついた感覚に意識を向けだしたのです。

────あれから15年。

 

今では、色々な事が直感的に分かるようになり、誰にも縛られず、自由な心で生きるようになりました。長い間生き辛さを感じ、否定してきた自分の生きる世界を、深い部分から肯定することができるようになりました。それは、自分という世界への安心感として現れてきました。

すると、

  • 必要な事が、ベストなタイミングで起こり
  • その時のテーマにぴったりな人との奇跡的な出会いが当たり前のように起こる
  • いつかこうなりたい と思い描いた自分を、氣付いた時には実現して超えている。
  • 知りたい と思ったことがすぐに目の前に現れ
  • 面白い人、常識を打ち壊すようなアイテム、そして楽しい出来事が
  • 今までの自分の常識を打ち砕くような事が、
  • 自分の体験したいと思っていた事が、いつの間にか目の前に現れて、実現している。
  • いわゆるシンクロニシティが当たり前。
  • 当たり前すぎて、驚くことすらない

 

そんな風な人生の流れになってきたのです。

なんでそんな風になったのだろう?

僕は 「視点が変わったから」と理解しています。
視点が変わった ただそれだけです。
能力が向上することも、視点一つです。
人の心と身体はとても不思議です。

 

人からは

「要領が良い」
「ひらめきが凄い」
「センスが天才的」
「上達が早い」
「なんでもすぐ出来る」
「羨ましい」
「行動力がある」

と言われるようになり、僕と深く関わった方に、『加藤さんのお陰で考え方が変わって楽になりました。』と言われるようになりました。そして色々な方に「教えてください!」と言われるほどになったのです。

もし自分に知識が無いことを聞かれても、直観で本質が分かるので、大抵の事に答えることができます。これが僕の得た最も大きな能力です。

鬱で自己卑下ばかりしていた自分はもう、僕の中から居なくなりました。僕のすがったあの日の氣付きは間違っていなかったのです。他者の目や、評価など全く気にしない自分になったら、意図せずして評価される自分になったのです。僕はただ自分が信じること、楽しいと感じることをやっているだけです。

 上に書いたように褒められることが僕はとても好きで、言われると素直に「ありがとうございます^^」
「心の声:うん、知ってる😊」笑 もちろん、人からどう思われるか?は重要ではありません。むしろ重要にしてはいけない所です。

 

でも、「仕事ができますね!」と言われると、素直にものすごく嬉しいのです。
絶望的に仕事が出来なかったので。笑

 

人は互いに良いところを見つけあって、学びあうことで、相互に成長してゆくことができます。
それが最も愛のある平和な道ではないかと思います。

 

人生とはすなわち、〈私〉とは何か、を知る作業である。
それ以外に、無い。
(“それ”は在る ──ヘルメス・J・シャンブ著)

 

僕の❝人の可能性の探求する道❞は、これからも、おそらくこのいのちが尽きるまで、続いてゆきます。

そして、それを、できるだけ簡単に、誰にでもわかりやすく、取り組みやすい形で伝えること。
そうすることで、あなたが諦めてしまったあの日の自分に、希望の光を当てて上げることが、きっとできると思っています。そう、あの日の僕のように。

これは、ライフワークであり、僕の喜びです。

そんな僕の理念を紹介させてください。

 

すべての人が自分を愛し認め
持てる才能を120%発揮して生き、活かし合う

上昇し続ける世界をつくる

 

人は自分自身を認めて愛して生きることが、最も大切で幸せなことではないかと思います。他の何はなくとも、それさえあれば、今ここから、なんでも、ZEROからでも初めて行けるはず。

自分の才能を発揮することができれば、自然と、❝誰かの役に立ちたい❞氣持ちが生まれてきます。自然に助け合いが生まれます。

あなたが、あなた自身を、愛して認めて、才能を発揮することが、人生の満足につながり、ダイレクトに平和な世界を作る事に(自動的に)なるわけです。

僕は、これまでの自分の成長と変容のきっかけとなった出来事や、それと関連する要素を

整体学
心理学
宇宙学
量子力学

などの様々な角度から日々、研究し続け、それに

身体感覚(身体の使い方)
意識
思考
遺伝
自然との関わり方
世界への認識

が深く関わっていることがわかりました。

 

人の才能は、思考ではなく、身体と心(意識)にあります。
意識により感覚を使う発想を身につけることで、あなたの能力が向上します。
そして、それぞれが持つ才能を発揮して生きることが、自分を愛して生きることにつながり、人と活かし合う事に繋がると思っています。

 

僕の志は、一人では達成不可能な志ですので。仲間になってくれたら、嬉しいです。

 

共に、人生という冒険の旅を楽しみましょう!

 

↑をクリックして登録*↑
LINE@限定情報をお届けします(^^)

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

ABOUTこの記事をかいた人

20代の頃、自己肯定感の低さから、鬱病を発症、同時にアダルトチルドレン(AC)も発覚。自分の出来の悪さを呪い苦しんだが、才能はからだの感覚から開けるのではないか?と氣付く。結果うつ病とACを自ら克服。同時に自己肯定感と安心感が生まれ、自由な心となり様々な場面で自力を発揮できるようになる。その経験をもとに、整体+メンタルセラピーの施術で心と身体の関係を学んだ。15年に渡る心(思考)と身体(身体感覚)の探求を、メルマガや講座で「あたらしい心とからだの使い方」として伝えている。 書籍:「ありがとうございますはZEROのことば」2019年夏出版予定