*拡散希望*「罪を憎んで人を憎まず」の実践方法。

フィボナッチ

 

苦しみと悲しみ、怒り憎しみの連鎖。

綿々と続いてゆく、内側の戦争。

これを終わらせる一番良い方法を探しはじめました。

誰もがすぐ活用できるように、手短に書きます。

 


世の中には、「意地の悪い人」 は存在しません。


存在するのは「苦しんでいる人」それだけ。


その苦しんでいる人は、自分が苦しんでいる事を他の人にも行います。


それはどうしようもなくやってしまうんです。


それが他人を、そしてその人自身を、深く傷つけてしまっている事に

《氣付くことすら出来ない》状態であることも 往々にしてあります。


ですが、それは《彼ら(私)の❝良心❞の本意では無い》ことを分かってあげて下さい。


ら(私)がそれを客観視することも、知ることすら出来なかったことも

分かってあげて下さい。


彼ら(私)がその衝動に打ち勝つことが出来なかった事を、許してあげて下さい。


彼ら(私)が苛(さいな)まれるその「苦しみ」を、避けようが無かった…

という事実を認めてあげて下さい。

 


自分に深い傷をつけた存在を許す。

それは自分自身を許すことと同じ意味。

これが本質的な解決です。

許すことは、なかなか難しいし、時間が必要な事もある。

他人を許すことは出来なくても、「思いやること」は出来ます。 

是非上の言葉を読み返して下さい。

 

自分の人生に現れる、「問題人物」の記憶を見返しながら。 

そして、「彼ら」とは同時に「ワタシ」と読み替えれる事も。( ──文章に私を追記しました。)

 

昔の人はこれを 

「罪を憎んで人を憎まず」といったのだと思います。

しかし時代は進みました。

 

「罪を憎む事すらしない」

先祖から綿々と受け継がれた

罪を、調和、転換させ、サチと成す。

そうすれば憎しみも感謝へと変換されます。

 

世界を争いの連鎖から救うのは、他ならぬこの❝私❞

永遠に続く鎖を、子に引き継がず、私の代で断ち切る。

 

それは私たちの❝使命❞と言っても良いと思うんです。

もしそんな事ができれば、とても尊いと思いませんか?

やってゆきましょう。

それは全て、日々の暮らしの中に。

 



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フィボナッチ

2 件のコメント

  • 自分に深い傷をつけたもの
    他人にの場合も、自分の場合も
    ありますね

    今朝
    食事時に考えてました。
    命をいただくことの罪悪感とか私は感じてるのかな?
    子どもと食べると、ジャッジ癖が出てきて楽しいと感じれないのかな?

    というぼんやりした感じ
    ちびとさんの言葉
    はまった感じです。

    ありがとうございます

    • 久枝さんこんにちは。

      食べることへの罪悪感、喜びの裏表で存在しているのかもしれませんね。
      命を頂いて自分の命にすること 違う角度からは 命を背負う事。
      人間だけが食べ物を作る手法が歪んでいるから、無駄な重みがついて回るのでしょう。
      それが無ければ、命はただ循環している。
      集約と放散を繰り返しながら。

      僕は真摯にただそれを受け止めて、感謝して美味しく頂けば良いと思っています。
      コメントありがとうございます*

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    ABOUTこの記事をかいた人

    《心と体の整体師、身心研究家》誰もが自由に、ありのままに、身と心(しんとしん)を開放して生きてゆくヴィジョンを描いています。私の呼吸が深くなるとき、世界が深く響く。体を解放する=心を開放すること。誰もが❝暖かさに生きたい❞それが当たり前。新しい豊かさの形「血の通った経済」を想い描いて、人を繋ぐ旅をする、現在準備中。旅の応援、よろしくお願いします*